【コロナ禍】KANAぶんの台湾ワーホリ体験談②

ワーキングホリデー

こんにちはKANAぶんです。

前回の記事に引き続き、台湾ワーホリの体験談を書いていきます。


▼前回の記事はこちら▼



2021年2月~隔離終了・自由の身・ダブルワーク

隔離明け初日にしたこと

2月になってすぐ自主健康管理期間を終え晴れて普通の生活ができるように!

隔離期間計3週間の間に、一緒に隔離していた友人と「隔離後になにを1番したいか」を考え、隔離明けは二人がしたいことをしました。


実際に隔離明け初日に何をしたかはこの動画にまとめていますが、ざっくりと説明すると、移民局→火鍋でランチ→台湾シャンプー体験→2つ目のバイトの面接です。

隔離明けは2人とも体力が本当に無く、午前中に出かけただけですごく疲れました(笑)でも初めて台湾で食べた鍋や台湾シャンプー体験は本当に最高でした。

この日に予定を組んでいたバイトの面接も無事に受かり、隔離明け初日に体力もないのにもかかわらず濃い1日を過ごしました。


旧正月の大連休

隔離中と隔離後に面接を受け2つの仕事をGETしたKANAぶんですが、実は2月は旧正月の大連休があったため、両方の仕事とも連休明けからのスタートでした。そのため2月の半ばまでは暇だったのでいろいろ台北を観光しました。

士林夜市を食べ歩いたり、淡水に行って夕日を見たり、北投に行って温泉に入ったり。

淡水の夕日

台湾はもともと好きではありましたが、全く調べずに来たのでこんなに楽しい国だと思っていなかったのが本音です。1度台湾には旅行で来たことはありましたが、数日じゃ全く見れてなかったんだなと感じました。


バックパッカーへ引っ越し

旧正月前に隔離先として使っていたところから友人と2人でバックパッカーに引越しもしました。

この時、海外からの観光客はおらず、どこのバックパッカーもガラガラ。おなじみ「Booking.com」でバックパッカーを探していたら隔離先から近く、お手頃なのを発見。それがここ。

しかもね、予約した後に1度どこにこのバックパッカーがあるか散歩がてらに見に行ったら見当たらなくて、詐欺を疑ってオーナーに連絡してちゃんと引っ越す前に内見までしました(笑)

心配性のKANAぶん
心配性のKANAぶん

割と心配性なのよね

そしたら部屋も選ばせてくれ、4人部屋を2人で使わせてくれ、まさかの値下げもしてくれたんです。なんと1か月6000元(当時約24,000円)で宿泊できました。交渉もしていないのに向こうから提案してくれてあれよあれよと。

元気なKANAぶん
元気なKANAぶん

台北のシェアハウスより安いし初期費用もないし最高すぎんか!!

バックパッカーのオーナーは優しくてラインでいろいろ質問したら対応してくれました。コロナがなければたくさんの外国人旅行者が集まりそう士林駅にも近く夜市にも近く最高の立地。現在激安です。

樂台北 公寓 # new


ダブルワーク開始

中国語もできないのにいろいろと事は順調に進み、ついに旧正月明けに仕事が始まりました。

お昼の仕事はマーケティング会社のアシスタント業務、夜は飲食店というダブルワーク。少ない賃金でもある程度稼いで後でそのお金で遊びたい派なのでこんなことになりましたが、お昼の勤務初日からちょっとこれ大丈夫か?ってなりました(笑)当時の最低賃金160元(当時約640円)でここまでしなきゃいけないのかと・・・。夜の飲食店についてはほぼ趣味程度で楽しかったんですよね。時給も220元(当時約880円)で低いけども昼よりでした(笑)

働き始めて初日でお昼の仕事に対してやる気がなくなりそうだったのですが、次の日にまさかのTwitterのフォロワーさんに同僚として出会います。その子がマジで面白い子で年も近く意気投合。この子がおるなら頑張ろうかな・・・と思っていた矢先にパートナーから連絡が。


パートナー
パートナー

台湾に来週行けるかも!

KANAぶん
KANAぶん

え!!!!???

(仕事始めちゃったよーーお)

てな感じで急にパートナーが台湾に来ることが決まりました。しかも割とすぐ(笑)


少し複雑な話になるのですが、当時のオーストラリアはオーストラリア人がオーストラリアから出国するために出国許可が必要でした。(コロナのため)

その許可を取るには就業許可や結婚証明などの「何かしらの海外に出なければいけない理由」を証明する必要がありました。そのために台湾に行く計画を立てた後、彼は台湾で働き口を探してアプライし、仕事をゲットしていました。

無事に出国許可も下りていたところで彼母の病気のために台湾渡航が白紙になっていたのですが、急遽来れることになり、決まっていた仕事もそのまま働かせてくれるということで、彼が台湾に来て隔離がすべて終わったら彼の仕事の関係で台北ではなく新竹市に引っ越す説が浮上しました。


ダブルワークを始めたばかりの私。もちろん悩み始めます。台北から新竹に通うことも考えたりしましたが、それほど情熱を持てるお給料ではない‥(笑)一晩考えた挙句、せっかくゲットした2つのお仕事を辞める決意をしました。


人生でこんなに早く退職の意を告げるのはもちろん初めてなので、ほんとに心が病みましたし、悩みましたが、なんせ1年以上ぶりに会えるパートナーと悔いのない生活をするためにはしょうがない決断だったと思います。


パートナー来台・隔離スタート

2月中旬、ついにパートナーが台湾に来ました。

隔離先のホテルは台北駅の近く。仕事終わりに何度か差し入れに行きました。

窓越しに手を振ってくれるパートナー。目が悪いのであまり見えなかったけどなんかウルっとしたよね。

パートナーを探せ

パートナーが隔離していたホテルはここ。割とリーズナブルできれいでした。隔離飯も美味しそうだった。

Hotel Relax 5


2021年3月~退職・再会・同棲開始

早期退職

3月のはじめ頃、せっかく働き始めた2つの仕事を辞めました。夜働いていた飲食店では常連のお客さんとも仲良くなって楽しくなってきた途中だったし、お昼の職場でも同僚とよく連絡を取り合う仲になっていたのですごい心苦しかったです。

ただこの短い間でわかったのは、時給が低すぎるところでアルバイトとして働くならその仕事が好きじゃないと無理だし、この時給ならリモートで日本から仕事を探した方が効率いいということ。また、中国語を喋れなくても割と仕事は簡単に見つかるんだなと思いました。アルバイトじゃなく正規雇用でも結構見つかります。(個人的意見ですが…)

まあそんなこんなで一旦無職になりました。


1年1か月ぶりの再会

3月4日、私は最後の仕事を終えあらかじめ予約していたホテルに向かいました。3月5日になった深夜12時、ついにパートナーの隔離が終わり、タクシーでホテルまで来ました。ついに1年1か月ぶりの再会です。

空港で感動の再会みたいなのはできなかったけど、パートナーが不意打ちにホテルの部屋に入ってくる再会もなかなかシュールで良かったです。

パートナーは緊張していたのか、第一声が小さすぎて聞こえず爆笑の再会でした。


最初のホテル

彼は自主健康管理期間があと1週間あったので、このホテルで一緒にセルフ隔離しました。

ホテルスタッフの方々は英語より日本語が堪能で彼もびっくり。台湾にいると日本語の方が英語より実用的に感じることが多かった気がします。


宿泊したホテルはここ。林森にあるので飲み屋街は多いですが静かです。バスタブがついてるお部屋に宿泊し最高でした。朝ごはんも美味しかったです。日本語バリバリOK

老爺会館台北林森(Royal Inn Taipei Linsen)

この自主健康隔離期間中、外食はできないながらも立地が良かったため、いろいろなものテイクアウトして食べました。中でもこのホテルから近かったラーメン屋さんが最高においしいのでお勧めします。


ここのつけ麺最高!餃子最高!この店を教えてくれたのもTwitterつながりで知り合った方々でした。Twitter様様です。

鶏白湯のつけ麺

新竹市にお引越し・同棲スタート

自主健康管理期間も終盤に差し掛かっていた頃から新竹市の賃貸物件探しを開始。自主健康管理期間明けて割とすぐにパートナーは勤務開始だったため、私たちにあまり時間はありませんでした。

台湾で賃貸物件を探すときによく利用されるこのサイト(591房屋交易網)を利用して中国語が読めなくても勘で読みながら探しました。何十件も連絡をしましたがせいぜい返事が返ってきたのは4分の1くらいでしょうか。しかも直接電話してくる人もいて中国語が喋れないと会話できないことも(笑)またメッセージで中国語ができないと言うと、いきなりこのアパートはもういっぱいだと言われ会話が終わることも多く、家探しは難航しました。

それでもなんとか3件の内見をさせてもらい、時間もないのでそのうちの1つに決めました。お値段月16,000元(当時約64,000円)の2LDK。広さの割には安いですよね。3件しか選択肢がなかった割にはいい物件に巡り合えました。

新竹市の愛の巣

これは結果的にわかったことですが、このマンションのオーナーもいい人で看守もいいおじさんで退去時もフレキシブルに対応していただきました。


台北しか知らなかった私たちが新竹市という場所に引っ越しましたが、全く期待していなかった分、意外と便利でびっくりしました。家の周りにはたくさんのレストラン、スーパー、果物屋、コンビニがあり飽きることない食生活ができました。毎日今日はどこで何を食べるか決めるのにプチ口論になるくらい選択肢が多くて幸せでした。


私たちがオーストラリアにいたとき、数か月パートナーの実家で一緒に住んだことはありましたが私がほぼ毎日働いていたためあまり同棲していた感覚がなかったので、台湾で一緒に生活を始めてやっと同棲している実感が湧きました。

同棲を始めてから知った彼の奇行動は、靴下とコインを不特定多数のところに置くことでした。それ以外気になって嫌だなあと思うことはなくてよかったです。


同棲したてのころは張り切って料理もたくさんしました。後半に差し掛かり料理はしなくなりますが、キッチンのあるマンションに住めたのは良かったです。(台湾では結構キッチンがない物件や簡易キッチンしかない物件も多い)

茄子とひき肉の辛味スパゲティ

私は無職だったので料理するかごろごろするかの生活をしていたと思います。でもなんだかんだ3月も忙しく終わりました。


一旦まとめ

2月、3月とても忙しかったです。2月はバイトを通じていろんな人に出会えて、一番濃くて勉強になった時期だと思います。家でごろごろするのも大好きですが、こうやって自ら外に出ていくと出会いはいっぱいある、さすが台北だなと思いました。

3月はパートナーとも無事に再会することができ、新生活を始めることができました。全く知らなかった新竹市というところに引っ越せたのも何かのご縁ですよね。良いマンションにも出会えてマジラッキー☆な1か月でした。


またまたこのブログは続きます。最後まで読んでいただいてありがとうございました。続きもよろしくお願いします。

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